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調査メンバー:
近所の怪談 :大吉様・★翔★ちゃん・ごんぺい
装備品 :デジカメ・おやつ・ナビシステム
化け猫・・
九州で化け猫と聞けば佐賀の鍋島猫騒動がかなり有名なのですが・・
熊本の地にも相良猫騒動という出来事が有ったという・・
その大まかなあらすじとしてこんな話がある
世は戦国時代天正10年(1582)にその怪事件が起こる事となった・・
あるひょんな事からこの地に居たある役人とその弟が謀反を企んでいるという噂が立っていた・・・
その噂を聞いたその領主(人吉城の殿様)はその兄弟を殺害するように討手に命じた・・
しかし、その後噂は根も葉も無い話だと云う事を殿様は知り討手を止める様に使いの者を送った・・
しかし、道中に使いの者が寄り道をした事により討手の制止が遅れ兄弟の内、弟が濡れ衣を着せられたまま哀れな事に殺害されてしまった。
罪も無い息子を殺されたその兄弟の老母は怒り狂った・・
しかし、相手は領主・・
いくら仇討ちをしようと思っても到底叶わない・・
狂ってしまったその老母は、その日から○○神社に呪いの願掛けを行うようになった。
そして、その願掛けが数日続いたある日・・
老母は自分の指を自ら食いちぎり、その傷口からあふれる血を愛猫に舐めさせ・・
その後、球摩川に身を投じた・・・・・
それから、間も無くして弟を殺害した討手と討手を止めに行った使いの者が変死を遂げた・・
弟を殺害するように命じた本人(領主)も原因不明の病に伏せりその変異に怯えながら死んでいった・・
その後・・城内では呪いを掛け死んでいった愛猫の呪いだろうと噂が飛び交った・・・・・
そんな事があり死んだ領主の後を次いだ新しい領主は城南の○○神社に祠を建て殺された弟と老母を祀った。
その上、観音堂も建立した。人々はその地を「猫寺」と呼ぶようになった。
新領主の手厚い供養が幸をせいしたのか、それ以来、城内で起こっていた不吉な出来事はぴたりと止んだ・・・・・・・・
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20年ほど昔のパンフの地図を頼りに車を走らせる・・
道が変わっている?せいなのかかなり迷ったがなんとか無事現地に到着・・
今回は上記に記載の通称猫寺といわれる観音堂を探訪させて頂く事にしました・・
早速車を近くの空き地に止めお寺の階段を上がる・・
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門の所に差し掛かったとき・・・・
狛犬ならぬ狛猫が・・・
どちらの猫の像もぶち模様・・という事は此処で祀られている愛猫伝説の猫は元は斑猫だったのだろうか・・・・
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境内に上がると・・・
かやぶき屋根・・・
目の前に一環変わった形のお堂が・・・
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近づいてみると・・
この建物が通常猫寺と云われる観音堂です・・
堂内や壁面には漆瑠塗り・金箔や彩色の飾りなどが施されかなり豪華な感じのお堂です・・
歴史的にも大変価値のある建物だそうです。
しかも、作り的に作り的に霊屋的な意味を持つ建物であるとの事・・
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建物のすぐ横には・・
この愛猫伝説についてのお話やこのお堂についての説明が書いた石碑がある・・
内容を観察してみたが事前に調べた内容とほぼ一緒の模様・・
なにか他に珍しい物は無いかと暫く境内をうろついていると境内の掃除をされていたおじさんがこっちに猫の墓が有ると教えて下さったので早速そちらの方に向かってみる・・・・
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先ほどのお堂の左端に・・・
ひっそりと小さな祠が・・・
此方が愛猫伝説にて化けてしまったといわれる猫のお墓らしいです・・
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さらに近づくと・・・
なんと・・石仏が猫の形を・・・
遠くから見ると普通のお地蔵さんが祀ってあるのかと思ったのですが
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内部を望遠で撮影・・・
たしかに・・
猫さんの輪郭してますよね・・・
かなり大事にされているのでしょう・・
真新しいお供え物と体にはかなり新しい赤い前掛けが掛けられていました・・
撮影が終わり再度御参りをし、この地を後にする事にした・・・
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今回の感想
何だか今回の探検記は歴史探訪のような感じになって修学旅行の様な感じで、ワイワイと行ったので現地に着くまでは怖さはあまり感じませんでしたが・・
やはり猫のお墓や立派な祠を目の前で見ると、かなりリアルな印象を受け・・
う〜ん本当に化けて出たらかなり怖いかもと少し思いました・・・
あと・・・ちょっと気になったのですが門の近くにいた狛猫さん達・・
昔のパンフの写真には色を塗られてなかった様なのに・・
最近、塗られたのでしょうか・・・・
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