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佐賀県
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●近所の恐怖探検記
 佐賀0003
九州・四国・中国地方の恐怖スポットの調査レポを掲載
 

    
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調査No.  御 題    写真抜粋
S0003 千●塚
内容
処刑場跡そんな場所もよく噂になりやすい場所です。この地は江戸時代、処刑場として使用されたそうです。
その曰怨念無念が噂をよぶのでしょうか

近所の怪談 : HIDE 様
     : TAKA 様
     : ごんぺい
装備品 デジカメ・おやつ・ナビシステム 


処刑場跡・・
そんな場所もよく噂になりやすい場所ですが、この地●●●●の千○塚のあるあたりではその昔、鍋島藩の処刑場として使用されたそうです。
昔のことです・・・
冤罪なども多くあったでしょうし、その曰くが怨念無念の噂をよぶのでしょうか・・
地元の方にはかなりの心霊スポットとして有名な場所らしいです。
現在は、祠が建てられその御霊を鎮めているらしいのですが噂は収まらないとか・・
今回は、そのような噂の場所にHIDEさんのご案内で探検を行うことに・・・




現地に到着し・・
ほどよい駐車スペースがあったので車を止め緑地内に入ることにする。











話では緑地の西側にあるというその場所を目指し進む我々。
この場所自体は大きな道路沿いに位置し、車も頻繁に通っているので寂しくない場所なのですが妙な重い雰囲気が感じられます。











暫く進むと・・
左の暗闇の奥に何か建物らしき影が見える、「ここかなぁ〜」などと皆で囁きつつ奥に進んでみることにする。











林を越え横を見ると・・・
凛とした雰囲気の中、千人塚(塔)と書かれた標識が目の前に現れた。
どうやらその奥には説明看板が、またその奥に祠がある様子。











早速説明看板を読んでみることにする・・




千人塚(塔)

今を去る二百八十年前(元禄末〜宝永初期)●●寺十九世●●上人が夢想を受けて旧半時代の刑死者の菩提を弔う為に、刑場の一隅に立てられた供養塔である。
その後、明和三年八月(二百十五年前)同寺●●上人によって改建されたが終戦後●●川改修工事ならびに●●●●整備事業が施工され、これに伴い●●寺に移設されここは千人塚跡地である。
(※説明看板参照)










祠にも近づいて見ることに・・











お参りを済ませ、再びお地蔵さんを拝見する。
きれいに整備された祠の様子からして地元の方に厚く手入れされているようなので少しホッとする。
そいえば、このお地蔵様の足元にある自然石って何か意味があるのでしょうか?
探検をしている時もやけに気になったのですが・・











祠を後にし・・
公園内の園路を先ほどの道と反対側を通って車のある場所に戻ることにする。











途中で・・
帰りの道中林の方を見て所々木々の間の土が盛り上がっている所がみられた。
「アレって気になるよね・・・・」などと話しながら歩いて行く面々。
※この写真の場所はその盛り上がった土の所では無いのですが、移動中、気になった所を撮影した物です。











やがて園路の出口に差し掛かり、先ほど歩いて来た道の方を振り帰り一枚撮影・・











話では車を駐車した横にある電話ボックスも色んな噂が飛び交っているらしいのです。
写真を撮影した後、電話ボックスに入り次の場所を電話帳で探すなどの行為を行ったが今回は何も起らないようだった。













今回の感想


数ヶ月前にメンバーのHIDE様より情報を頂いていたのでその地に行った当初はかなり怖いイメージがあったのですが現在では祠もきちんと整備されているようで少し安心しました。
今後ともこの地が穏やかな所であってほしいと密かにおもいました。
そいえば、後から調べて分かったのですがこの緑地の前の道から暫く走った所には受刑者の方が家族と最後の別れをした「別れの松」という松が現在でも残っているらしいです。
いつの日かそちらの方にも訪れたいと思います。











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